堀越峠がある為、国道256号は未だ国道というには、使い勝手の悪い道路のまま。峠を越えた地域は、まず八幡町の西和良があり、和良町へと入っていきます。
この和良町、郡上郡の時代から、少々地理的にも歴史的にも違いを持つ地域でした。流れる和良川は、下呂市に向かい飛騨川と合流します。和良川の鮎は、一時期日本一になりましたが、今は何といっても長良川のものが有名になりました。和良の人に聞くと渇水時には、水が流れなくなることがあり、決してきれいだとは言い切れないとか。周りに山が少なく、それだけ山の保水量が少ないのです。
高鷲に住むものにとってうらやましいのは、何といっても雪が少ないということです。生活をするには、郡上市の中では一番だと思います。おいしいお米もたくさん取れますし、野菜も豊富です。多くの方々とお付き合いしていますが、農業に携わっている青年が多い地域であり、篤農家もたくさんおられます。
江戸時代は、天領としての歴史があり豊かな地域だったと思われます。年貢の徴収も減免されたり、「郡上一揆」のメッカのような高鷲とはかなり、当時から事情が違ったようです。人柄も穏やかですね。
お宮が15宮?あり五穀豊穣を祝う、小さい地域にしては多いのも特徴の一つかもしれません。それぞれの地域の主張を持っているようです。
私は、郡上市だけを考えれば、この地域が医療の地域として最もふさわしいと考えています。道路の開通を待つ前から、何らかの手を打てないものかとも思います。病院というより、ゆっくりと生活する場として。
和良町をさらに行くと下呂市に合併した金山町へ着きます。金山町という町は、50年前4地域が合併してできたのです。加茂郡、益田郡、武儀郡、そして郡上郡です。かつては大いに賑わったのですが、今は寂しい地域の代表になっています。
下呂市が、奥飛騨になってしまったという人もいます。其の中でも、金山町は国道41号の交通量が激減し、深刻な状態です。
今日は岩屋ダムに40年前にすんでいたというおばあさんに会いました。金山町の東沓部(ひがしくつべ)にすんでおられる89歳の方です。子供たちは、岐阜に家を建てて、まだローンを払っているそうです。3日に一回は見に来るそうですが。
戦争の話、子供の話、今やっている仕事の話(月1万)、話が止まらないのです。「結局は苦労ばっかしだったよ。いまも、何かしていないと気が休まらないら、トヨタの内職をしているんだ。また遊びに来て頂戴。」
後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去りました。
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